経済産業省の若手官僚30人が作成した「不安な個人、立ちすくむ国家」という資料(pdf) がネットで話題になっています。
副題にあるように「モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか」ということを分かりやすい言葉とデータで説明してあるもので、産業構造審議会総会(第20回)の配布資料ですが、経済産業省の中からこのような現状(危機)認識が出てきたことに驚きがありました。
それにしても本業を行いつつこのような資料も作っている若手官僚には頭が下がります。とても優秀な方たちなのだろうなと思います。
この資料を読んで、いくつか考えたことを書いていきます。
「不安な個人、 立ちすくむ国家」資料の全体像
資料の全体像としては、
- 昭和の安定的な人生すごろくシステムが崩れ、多様化する選択肢の中で不安を抱える個人の存在
- 高齢者、社会的弱者(母子家庭、非正規雇用)、活躍できない若者それぞれの立場の説明
- 政府が「みんなに共感してもらえる「共通の目標」を打ち出すことが難しくなっている」という認識
- 価値観の変化→制度の変化→世の中の変化、というように変化は起こせるという例
- 子どもや教育への投資を、という提言
となっています。
それぞれの大きな項目に対して、具体例をデータと共により細かく補足しているという作りになっています。
資料の中で特に印象に残った三点
■一点目はそもそも資料として見やすく分かりやすい、という点です。
単に丁寧なパワポというだけでなく、説明したい問題・内容に対して必要な要素がデータと共に過不足無く盛り込まれており、とても説得力があります。
官僚が作る資料というと、言っている内容もその表現方法も分かりにくいし見づらいというイメージがあったのですが、この資料はまるで違っていて、例えば色使い一つとっても原色をたくさん使ってしまう(見づらくなる)などということもありません。それもよい意味での驚きでした。「若手官僚が作ったから」というのもあるのかもしれません。
2017年5月22日追記:ネット上ではこの「不安な国家、立ちすくむ国家」の資料に対して賛否両論あり、例えば資料が見やすくて分かりやすいという点についても「意識の高い人が外面だけを褒めている」というようなコメントもありました。
しかし私は、資料として分かりやすく、伝わりやすいというのはそのこと自体がとても価値あることだと思いますので(分かりやすいからこそ多くの人に読まれて議論を巻き起こしているともいえます。見づらく、伝わりにくい資料であったのならば黙殺されていたとも思いますので)、「いい資料だな」と思いました。
また末尾にも書いていますが、この資料は「具体的な政策の提案」までには踏み込んでおらず、そこに少し残念さはありますが、資料の性格から仕方の無いことかな、と思っています。
■二点目はP41の
幸せの尺度はひとつではなく、ましてや政府の決めるところではない
というコメントと、P49の
シルバー民主主義を背景に大胆な改革は困難と思い込み、誰もが本質的な課題から逃げているのではないか。
というコメントです。
どちらのコメントも民間の視点からだと「当然だよね」と思うものですが、官の立場からもこのようなコメントが出てくるものなんだな、と思いました。
幸せの尺度は人によってまちまちですが、政府としては明確に言わないまでも「こうやって過ごしてくれることが幸せなので、できるだけ多くの人にこのモデルケースを歩んで欲しい」という想定があるはずです。
しかしその一つのレールと現実に無数にあるレールはどんどん乖離しており、政府としてもそれを認めなくてはいけないという現状認識が官僚から出されたということです。
「サラリーマンと専業主婦で定年後は年金暮らし」という「昭和の人生すごろく」のコンプリート率は、既に大幅に下がっている。
というコメントから、またP37の
みんなの人生にあてはまりみんなに共感してもらえる「共通の目標」を政府が示すことは難しくなっている。
というコメントからも、それを窺い知ることができました。
2017年5月22日追記:戦後であれば、日本という国の国際的な地位の向上と、個々人の(物質的な)豊かさを追求するということが「共通の目標」であったと思います。
しかし現在は、みんなが共感できる「共通の目標」というものを設定しにくい・設定できない時代です。そういう時代に、どういう旗の下に人々の力を結集していくかはとても難しい問題です。むしろ、そういう旗はもう必要ないのかも知れず、これについてはまた考えてみたいと思います。
シルバー民主主義についても、これはP31にあるグラフ(下にキャプチャしました)の右上にも出てきますが、
- 子どもは投票権無き政治的弱者
- 高齢者は大きな票田
というようにその問題点を指摘しており、官僚という立場からすると勇気のいることではないかと思います。
自分たちが仕えている(という表現が正しいのか)政府は、与党であれ野党であれ票田として確かに高齢者を優遇しており、そこに対する意見表明だからです。
■三点目は、「権威への回帰」か「秩序ある自由か」という箇所(P7)で、なぜ今権威への回帰が起きているのかを端的に説明している点です。
私が漠然と考えていた権威への回帰の流れの背景にある要素が、とても分かりやすく一枚のスライドに明文化されていました。
分かりやすいゴールが見えない個人中心社会で、自由だが多くのリスクを取らなければならず漠然たる不安を抱える個人が、安心を求めて強い権威を求めるという構図は、とても分かりやすいものです。
このスライドも貼らせていただきます。
最後に
具体的な政策の提案が無いところは少し残念でしたが、官僚という立場からすると「新しい政策の提案=現在の政策への批判」と受け取られてしまうところがあるかと思うので、その点についてはこの資料の性格上止むなしかなと思います。
現状を正しく認識し、その現状が本当に切羽詰ったものであるということをきちんと言語化して分かりやすく伝えているだけでも、とても価値のある資料だと思います。
日本の現状が本当に厳しいものであるという、若手官僚の強い危機感がにじみ出ています。
一方その危機においても、スライドの最後に「アジアが経験する高齢化社会を日本は20年早く経験する。これを解決するのが日本の使命」と言っているところに、日本の経済産業省のプライドというか矜持を感じました。
この資料のスライドは65ページあるのですが、分かりやすく丁寧な内容なのであっという間に読んでしまうことができますので、おすすめです。
2017年5月22日追記:望月さんという方は、個人的に親しい同期の方もこの資料の作成に関わっていらっしゃるようで、こちらのエントリのように詳細にコメントされています。この資料に対する賛否両論ある中で、私が一番なるほど、と思ったエントリです。
人々が権威に回帰し、内向きになっていくことについて書いた
こちらのエントリや、とはいえ限られている財政の中で誰が負担しどこに振り分けるのかの現状を書いた
などのエントリもありますので、よろしければお読みください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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