黄色いノート

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学校(School:スクール)の語源は自由時間(Scholē:スコレー)

電車に乗っていた時に、駒澤大学が出していた広告が目に止まりました。

電車内でしたので写真などは撮っていないのですが、広告の中で覚えているのは

  • 自由時間に何をしていますか、スマホゲームやカラオケもいいですが、思索に当てることのできる自由時間は本当に貴重なものです、大学4年間という貴重な時間を有意義に使いましょう。
  • ご存知ですか、学校(School)の語源は自由時間(scholē)です。

という内容です。

大学生活はずっと昔に過ぎ去ってしまいましたが、学校(スクール)の語源が自由時間(スコレー)であるということが、学校は何かを学ぶ場所であるという意識が強かったこともあり、印象に残りました。

調べてみると、古代ギリシャ語である「scholē(スコレー)」を「暇」と訳しているサイトが多く見つかりましたが、Wikipediaによると

スコレーは、たんなる余暇ではなく、精神活動や自己充実にあてることのできる積極的な意味をもった時間、また、個人が自由または主体的に使うことをゆるされた時間のことである。

ということで、「暇」ではなく「自由時間」と訳すこともできるため、自由時間という訳を使ったこの広告のセンスが光ります。

このゆとりがある自由時間の存在によって、ソクラテスやプラトン、アリストテレスなどによるギリシャ哲学が花開いたということができます。

ギリシャ哲学が花開くにはスコレー(自由時間)が必要だった

転じて現代社会に生きている自分自身を振り返ってみると、「ゆとりがある思索のための自由時間」という存在を、日常で見つけることができていないことに気付きます。

思索とはおこがましいので、仕事だったり家庭といった日常の延長からは外れた内容に関して考えるというように定義づけてみても、やはりその時間がありません。

忙しく働いているということもありますし、家庭があるということもそうです。ちょっとした時間があるとついついスマホを手にとってしまうという習慣によるところもありそうです。

大学生はやはり大学生なりに忙しいはずですが、ただよく思い出すと、確かに当時の自分は今の自分よりは時間に余裕があったと思えるので、やはり大学生活の4年間は貴重な時間です。

問題は、大学生である時にはその貴重さに気付けない・気付きにくいということにありますが。。。

実現性はともかく、大学生活を送り、社会人を数年経験してその貴重さを理解した上で、再度大学に入学する、といったことができれば解決できるとは思います。

話を戻しまして、自分がこれからこういう自由時間(Schole:スコレー)を手に入れようとすると、社会人なので社会人大学に行く?ということをまず思いましたが、何かの単位やMBA取得など、何かしら明確な目的を持って通うことになるのでちょっと違いそうです。

それよりは、何とか時間を見つけて大学の図書館に行く、ということがよさそうかなと思いました。

大学の図書館は蔵書だけでなく、その場所自体が持つ雰囲気が、社会人という立場をちょっと離れて物事を考えたりする手助けをしてくれそうです。

こんなことを考えさせてくれただけでも、自分にとっていい広告でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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